「あの、カレルさん。私……任務は初めてなんですけど、どんな準備が必要なんですか?」
会議室から出たライムは、前を歩くカレルに声をかけた。
普通に考えて、ライムをこのタイミングで任務に連れて行くことは無謀といえる。どんな軍隊だって、入隊して8日間、しかも一週間は怪我で療養していた人を、異形のモンスター溢れる戦場に放り込みはしないだろう。
が、
「あ~、それだけど、受付の二人に聞けば、たいていの準備は揃えられるようになってるし。任務でライムに求めることといえば、せいぜい俺の言うことはちゃんと聞いてくれ、くらいだし」
カレルの反応は非常に軽い。
だが、この反応にもちゃんと根拠がある。
ライムの戦闘力は、素のままでも結構な水準を誇っている。それがどのくらいかというと、ビーム砲片手に襲い掛かってくる一つ目のロボットに応戦できたり、城複数を単騎で落とすカレルと切り結んだりできるほどだ。
だからこそ、実戦経験を積ませるために、カレルはライムを連れて行くことを提案できたのだ。
そうこうしているうちに、カレルたちは一階のど真ん中に位置する受付に到着した。
受付、とはいっても、まず広さが尋常ではない。どこぞの大統領が泊まるようなホテルのロビー並みの広さがあり、天井からは、やや控えめなデザインながらもシャンデリアが吊るされており、淡いオレンジ色の光を放出している。床の材質は大理石のように見えるが、たぶん新たな技術やら何やらを使った特殊な素材でできているのではないか、とカレルは思っている。(この建物は『父』から授けられたもので、ジャンですら解析できていない)
その部屋の中央にはカウンターが設置され、二人の男女が待機していた。
「おっす、兄妹。ちょっと仕事頼んでもいいかな……っと、その前に――、ライム、この二人がウチのオペレーター、ティオとティアの兄妹だ」
カレルの紹介を受けて、兄であるティオが、「よろしく」と軽く頭を下げた。
ティオはカレルと同じくらいの身長で、体つきはゴツイというよりは比較的なめらかで無駄のない筋肉の付き方をしている。服装は上下とも青と白の二色で作られていて、スーツでありながら、茶目っ気を出すように着崩されている。また、頭髪はつんつんとした青髪で、両耳には真ん中が空いて立体的な青の三角形のピアスを付けている。
その隣では妹のティアが、「よろしくです~」とやんわり頭を下げた。
ティアはライムより少し背が高く、体つきは綺麗でやんわりとした流線を描いている。兄とは対照的に、白と赤のグラデーションに彩られたワンピースを着こなし、その様子はどこかのメイドを連想させる。また、頭髪はふんわりとした小動物のような優しい赤で、両耳にはティオとは対照的に赤のピアスを着けている。
「えっと、ライム・K・アウレリアです。こちらこそよろしくお願します」
ライムが頭を下げると、二人は軽く微笑み返した。そして流れるように、ティオは話し始めた。
「ここは見ての通り、第7支部のミッションカウンターだ。ここでは、ミッションの受注、そのミッションの説明、後はほしい素材からの逆検索とかもできる。ま、おれらもみっちり仕事があるってわけじゃないから、暇なら駄弁りに来てもいいぞ」
「そんなこと言っちゃって~、ホントはライムさんと仲良くなりたいだけでしょ~?」
「ぶっ!? い、いや、そそ、そんなことは……!」
「そうですか……ティオさんは私とは仲良くなりたくないんですか……。傷つきます……」
「ち、違う! それは誤解だっ!」
――なんかめんどくさい事になってきたな……。ってか、神速で打ち解けたなこいつら…。
ギャーギャー騒ぐ三人を眺めながら、カレルは一人ため息をついた。
「んで、いい加減任務の説明を頼むわ」
カレルはたっぷり15分は言い争っていたティオ達に声をかけた。
「お、おう。悪いな。確かカレルに出てたミッションは、『ウェインの援護』、『巨大蜂等の敵性生物の駆除』だな。ここからの距離はだいたい北北東に30㎞、『転移(テレポト)大砲(カノン)』の一時方向を正位置でぶっ放せばちゃんとつくはずだ。出力キーはこれで」
説明の最後に投げられた携帯電話ほどの大きさの機器を受け取ると、今度は妹の方が補足説明を始めた。
「それでですね~、こちらの方に届いてる情報によると、ウェインさんが敵対しているのは魚龍で間違いなさそうです~。魚龍は、『体長20mほどの脚が付いた魚』です~。注意するべきは、何と言ってもかなりの射程を誇る水ブレスです~。一直線に撃ってくることもあれば、薙ぎ払うように撃ってくることも多いみたいです~。直撃したらただでは済まないと思ってください~」
「了解。一応蜂の方の説明も頼むわ。ライムは始めてだし」
「はいです~。巨大蜂は『人間くらいの体長を持つやたらでかい蜂』です~。注意すべきはやっぱり神経性の毒を持つ尻尾の毒針でしょう~。刺されたら強烈にビリビリきますし~、何よりすっごく痛いので、近づかれたらさっさと倒しちゃってください~。あ~、それと~、今回のミッション区域では、ウェインさんがあらかた殲滅したとはいえ女王蜂が大量発生していたらしくて、それこそ凄まじいほどの数がいると思ってください~」
「……大体どれくらいなんですか?」
恐る恐るライムは質問を挟む。
「そうですね~。大体……700匹くらいですかね~」
「「ななっ……!?」」
この数字にはさすがにカレルも驚いた。下手をするとなぶり殺しになる可能性すらある。俗に言う、「ずっと俺らのターン!」状態である。
「まぁ、お二人なら大丈夫でしょう~。お二人は麻痺毒をダメージ系の毒に変換するような体質に設定されているので~。毒消しはたくさん持って行った方がいいですよ~」
守護者たちは皆、麻痺毒をはじめとする、動きを止めるタイプの毒ならば、動きに影響のない他の毒に変換される体質をデフォルトで持っている。これは、下手に拘束されたりしないための措置であり、それぞれどんな毒に変換するかは自分で設定できる。変換される毒の強さや、効果時間などには個人差あり)
「あ~、あとですね~。食堂の方からお二人に、朝食代わりにって固形食をもらってます~」
言いつつ、ティアはカレルたちに小さな箱を二つずつ投げてきた。
守護者にとって、食事というのはとても重要だ。
普通の人間でも食事は重要ではあるのだが、少し事情が違う。
守護者の体は、DNAに従って構成された特殊な魔力で形作られている、とアリスは言っていた。血液をはじめとする体液なども同じく魔力である。これらの魔力は、戦闘などで使うものとは異なり、食べ物や、水分などを魔力に変換したものが使われる。普通の魔力でも代用は可能だが、効率が非常に悪いので、凄まじい速さで消耗してしまう。ちなみに、体組織を通常の魔力に変換することも可能だが、腕一本差し出しても得られる魔力はほんの微々たるもので、『氷弾之雨』を2~3発分程度である(カレルが魔力満タンから放てる『氷弾之雨』の数は、ざっと100発近い)そして、失った体の部分を取り戻すには、大量の食料が必要になる。
呼吸の場合は、空気中の酸素から変換した魔力で体を動かしているので、万が一窒息した場合には、容赦なく体内の魔力が代用として消費されていく。そしてそれすらもできなくなったら、一時的に体の機能が落ちる(・・・)。再び酸素が供給されれば復活はするが、魔力0の状態へと転落してしまう。とはいえ、体の機能が落ちた(・・・)ところで、内臓などへのダメージはない。落ちて(・・・)いる間は体が休眠するため、人間のように常にエネルギーを必要とするほど不器用にはできていないのだ。
要するに、『現実世界』の人間という種族の体の構造をベースに、さまざまな改良を加えた結果だと思えばいい。
ちなみに、この固形食、『現実世界』で作られた、とあるものとほとんど同じだが、『第7支部作』となっている。……いつも思うが、どうやって作ってるんだろう? と、カレルは思わずにはいられない。
「じゃ、ティア。いつものセットに毒消しを追加で20個。ライムにも同じものを頼む」
「了解です~。ライムさんの方は経費で落としておきますね~」
言い終わる頃にはすでにティアの手元には中身の詰まったポーチがあり、中には特殊な素材で作られた、中の薬品ごと一緒に呑み込める(・・・・・・・・・・・・・・)ビンに、さまざまな薬品が入っている。(ちなみに、薬品を区別するためビンに張ってあるラベルも食べられる。約5㎉らしい)
カレルはそのポーチを端末に近づけると、ポーチが端末に吸い込まれた。驚くライムを促して同様のことをさせると、同じようにポーチはライムの端末に吸い込まれる
「この端末は転送能力もあるから、ポーチの中身をすぐに確実に取り出せるようにしたんだよ。取り出すときは何がほしいかを念じれば、端末から出てくるよ」
言いながらカレルが端末に指示をだすと、端末から立体映像のように小さなビンが映され、カレルがそれを手に取ると、映像は消え、カレルの手に小さなビンが乗っていた。
「じゃ、そろそろ……っと、ティア。ついでに俺の銃を送ってくれないかな?ついでにホルスターも」
「は~い、了解です~。っと、これですね~」
答えてからほとんど一瞬で、ティアの手にはカレルが昨日買った銃があった。
カレルはそれとホルスターを受け取り、左の太ももに巻いた。そのホルスターは銃口を隠さないように作られ、それでいて銃のブレをほぼ完ぺきに吸収するジャンオリジナルの特別製で、カレルは左膝から銃口を出すように巻いていた。
「じゃ、改めて。そろそろ出るよ」
「そうですね」
そういって二人がゲートへ向かうと、ティオはカレルだけを呼び止め、
「絶対ケガさせるなよ」
「一目惚れか?」
……バッサリ斬り落とされた。
二人が行った後で、凹むティオにティアは尋ねる。
「……ホントに惚れちゃったの~?」
ティオは一言。
「……どうもそうらしい」
くすくすと、隣で笑う妹をにらみながら、それでもティオは嬉しそうだった。