「で、あなたはまたライムを怪我させたのね?」
ここは医務室。
カレルはそばを食べた後、ライムがいないのを確認してから医務室に入ったところ、怒りで髪が逆立ったアリスに開口一番で罵倒されたところである。
「……返す言葉もありません」
ちなみに、カレルは今ベットの上で土下座させられている状態である。先ほど担当者としての意地とかほざいていた者の姿とは思えない。
「ま、まあまあアリスさん。カレルだって頑張ったのですし、その辺で許してあげてくださいな」
「…ウェインがそう言うなら…。それで、カレル。どこを怪我したの?」
ようやく土下座から解放されたカレルはアリスに背を向け、傷一つない上着を脱ぎ、言った。
「右の肩甲骨。たぶん筋繊維がズタボロになってる」
それを見たアリスとウェインは言葉を失った。
筋繊維がズタボロどころではない。右肩から十五センチほどにわたって筋肉が切断されていた。守護者は怪我では出血しないため、筋肉が切断された隙間から、ヒビの入った白い骨までしっかりと見えていた。
「カレル……この怪我はひどいわよ…? 何ですぐに来なかったの!?」
予想以上の重傷に、アリスは先ほど土下座させたことを後悔した。カレルは右腕も使って土下座していたし、その動きだけで背中の筋肉が引っ張られ、凄まじい激痛があったはずだ。
ウェインもここまでの重傷とは思っていなかったらしい。口に手を当てたまま凍りついている。
「いや~、ちょうど油断してたタイミングで食らっちゃってさ。まいったまいった」
対するカレルの声は飄々としている。それこそ心配になるレベルで。
「ちょっと待ってて、急いで陣を出すから!」
アリスは左手の端末から魔法陣を呼び出し、十五センチ四方のハンカチに張り付けて魔力を通す。その魔法陣はカレルが借りたものを、さらに洗練させたものだ。そして、カレルの背中に絆創膏のようにハンカチを当て、その上から緩く、しかししっかりと包帯を巻いていく。
「これでよし…カレル、服着ていいよ」
「お? 流石アリス、速いな」
カレルから服を着ながら言われた褒め言葉にそれほどでも、と返し、
「完治までは三日かしらね。その間は右腕を使わないように、安静にしてね。場所が悪くて固定できないから、気を付けて」
と言ったところで、医務室の扉が開いた。
ライムだった。
「カレルさん、ここにいましたか。エルジラさんから伝言で、今すぐ出撃だそうです」
そして、その口から出た言葉は、一同を凍りつかせた。
カレルを除いては。
「そっか、了解。標的(ターゲット)は?」
「え~と、確かの雌雄の火竜の希少種だそうです。それより、何でカレルさんは医務室にいるんですか?」
その言葉は、嫌味でも、皮肉でもなく、単純な疑問だったのだろう。
なぜなら、ライムはカレルが負傷していることを知らない。
と、言うより、カレルが気づかせていない。
「ああ、蜂の毒に対する即効薬ができたから、それの報告と、『魔晶宝石』の補充だよ」
言いつつ、カレルは端末から一つのカプセルを取り出し、アリスに渡した。
「それ、成分を抽出したら、量産できるかもね」
そういって、カレルは医務室を後にした。
「なぜ、今のカレルに出撃指令が来るのですか!?」
カレルが出て行った後で、アリスの治療を受けながら、掴み掛らんばかりの勢いでウェインはライムに詰め寄った。
「い、いや、私は……廊下を歩いていたらエルジラさんに会って、カレルさんの体の調子を聞かれて、いつも通りです、って答えたら…伝言を頼まれたんです」
その言葉に、ウェインやアリスは我を忘れて怒鳴りつけそうになるが、カレルの言葉を思い出す。
『あ、そうだ。この怪我のことはライムには内緒にして。 余計な心配はさせたくないからさ』
心配はさせたくない、としか言っていないが、二人はその言葉の中に男としてのプライドのようなものを感じ取っていた。長い付き合いだ。それくらいは分かる。
「~~ッ! …それで、あなたには何と?」
「こ、今回は、私には出撃許可は下りていません…。危険な任務だそうなので…」
この時点で、温厚なウェインもブチ切れそうになったが、なんとか耐えて、
「では、私と一緒に参りましょう。私が付いていれば問題ありません」
「え、ウェインさん、体は大丈夫なんですか?」
「ええ、もうすっかり」
隣でアリスが、「安静三日間…」とつぶやいているのは無視する。
「では、行ってきますわ。ライムさん、行きますわよ」
「は、はい…」
多少、いや、かなり強引に、二人は出撃することになった。