ロボの残党の掃討はあらかた終わり、戦闘がひと段落ついたなか、ライムは氷のオブジェの中から出てきた結晶と向き合っていた。
(もし、ライムが適合できなかったら…)
そう。もしもの時のために、ライムの足元には神機転生の陣が描かれている。今の疲弊しきった状態で失敗したら、全滅もあり得るからだ。
「ライム。…大丈夫だよ。俺はそんなヤワな鍛え方はしてないから」
「はい。…でも、もしもの時は、お願いします」
「ああ」
短い会話。それで、充分。
「行きます!」
ライムが結晶に手を伸ばす。
触れた途端に結晶がライムの胸に吸い込まれていく。
「うっ…く、あぁっ!」
過敏に反応してしまう周りを抑えながら、カレルは見守る。
何秒、経っただろうか。
ライムは落ち着きを取り戻し―
「みんな…! ありがとうございましたっ!!」
その瞬間、疲れ切っていたみんなから、大歓声が上がった。
『よかったなぁ~!』
『これからもよろしくね!』
『あれ、ティオは?』
「おめでとうライム~!」
(ゴッ!)
「何抱き着こうとしてんだバカ。でも、よかったよ…」
一通りわいわいと騒いだ後、ライムは改めてカレルの前に向き直った。
「じゃ、カレルさん。お願いします」
「ああ」
そして、ライムの差し出した手をカレルがとり…属性の判定が始まった。
だが、流れ込んでくる新しい魔力にカレルは疑問を抱いた。
(『無属性』じゃない。でも、7属性のどれにも当てはまらない。なのに…まさか!?)
「お前も…か」
「え…? 何がで―わっ!?」
いきなりカレルはライムを抱きしめた。周りから黄色い声が聞こえるが、ライムの意識は気恥ずかしさや戸惑いよりも、カレルの言葉が気にかかった。
「お前まで、『特異点』…。お前まで、事件の中核に入っちゃうのか…?」
かすかにかすれた声で、カレルは言った。どうやら、涙が出ているらしい。
(!!??)
一瞬、ほんの一瞬だろう。カレルから流れ込んできた映像が、ライムの脳裏に浮かんだ。ただの映像とは思えないほど、重く、悲しい。そして現実感溢れる様子からカレルの記憶なのだと直感的に分かった。
「こんなことが…昔に」
カレルの胸の中でつぶやいた言葉に、カレルは眉をひそめた。
「? 昔?」
「え、これって、カレルさんが見せた記憶じゃ――」
そして…今のが、『あれ』か、とライムは思う。
「いや、そんな覚えはないけど…。その属性は人の記憶を覗けるのかもね」
どちらからともなく、二人は離れた。そして冷やかす周囲を鎮めながら支部へと帰る…ハズだった。
突然、空から雷が落ちた。
快晴の中落ちた雷。それにみんなは驚いたが、さらに驚いたのは、雷が落ちた地点。
そこには、銀色の美しい毛並みを持った狼が、ライムを見据えていた。
瞬間、声が響く
「カレル! だめ――!!」
ウェインの言葉は、おそらくカレルには届かなかった。
今、残る魔力…さらには魂まで使って音速越えまで加速したカレルには。
カレルのとった行動はシンプル。
音速で狼に肉薄し、一閃。
時間が極限まで引き延ばされた一瞬を経て、狼は脇腹に線がひかれて流血し、狼から離れた位置でカレルは膝をつき、いや…つけずに倒れた。
半数は、無理して音速挙動をしたからだと思った。
近くにいた守護者は…言葉を、失った。
カレルの左肩から脇腹に降りていくように、深い爪痕が走っていたからだ。
ライムには、周りで起こった騒動が他人事のように聞こえていた。
聞こえる。
狼の、声が。
(汝を、試す)
突然、ライムと狼のみを包み込むようにドーム状の結界が張られた。
この瞬間、守護者の脳裏を北欧神話の一節がよぎった。
月があまりに美しい夜には、月を食らう巨大な狼が現れるという。
誰が言ったかはわからないが、なぜか響いた言葉。
「ライムの属性は『月』か…!」