Episode3 傷跡
ライムが守護者になってから三か月が過ぎた。世界の狭間は日照時間の変化はなく、目立った季節の変化も今のところはないため、いつも通り、鍛えて学んで狩って食べて寝てを繰り返し、ライムも支部の仲間と仲良くなり、研修の期間も終わりに近づいていた。
だが、
「……ライム、あなたの余命はあと一週間よ」
アリスの一言が、状況が変わったことを告げた。
この日、医務室に呼び出されたのは、ライムのほかには、カレル、タッカ、ウェイン、そしてエルジラの4人…第7支部のエースたちだ。アリス曰く、ライムについての話ではあるが、主要なメンバーにも聞いてほしいとのことだった。
「ど……どういうことですかアリスさん!?」
「そうだぜ、なんでライムちゃんが死ななきゃいけないんだよ!?」
「げ、原因はなんなのですか?」
3人はアリスに詰め寄るが、カレルは少し心当たりがあり、エルジラはそもそもそんなキャラではなかった。
アリスは「説明するから落ち着いて」と言って、改めて口を開く。
「まず、原因について。…カレルは分かってるわよね」
「…心室(コア)を撃ち抜かれたことか」
「そう。でも、応急処置で大分寿命は延びているわ。話を聞く限りだと、放置だったら1時間くらいで死んでいたと思うし」
「でも、心室の中身の流出は完全に止められたわけではなかったんだろう? コアも自己治癒能力はあるが、それでも重症過ぎたということか…」
「イメージとしては、部屋が心室、その中にいる人が魂、部屋に満ちている空気が、今問題の中身ね。人は無事でも、空気がなければ生きてられないわ」
アリスは5人を見渡して確認を取ると、みんなは無言でうなずいた。
「原因についてはそんな感じ。そして、ライムが生き延びる方法はただ一つ。心室を失った場所を探索して、中身が結晶化したものを見つけ、取り込むこと」
やることはもう決まっている、と言外に語っていた。
そして、簡素な言葉には、自分の無力さへの怒りが隠れている。
「…ライム。焦る気持ちはあるだろうが、出撃は四日後だ。それまでにできる限り準備を整えておいてくれ」
「…はい」
かなりの恐怖はあるはずだが、ライムは健気に頷いた。
「カレル、タッカ、ウェイン。君たちにはそれまでやってもらうことがある。説明するから一緒に来てくれ。」
「「分かっ(た)(りましたわ)」」
カレルはライムの方を一瞥し、目を合わせてから「…了解」とつぶやいた。
「出撃についての作戦会議は三日後の夜に行う。忘れないでくれたまえよ?」
そこまで決めて、今日は解散となった。
時間は瞬く間に進み、すでに余命一週間を宣告されてから二日がたち、今は三日目のお昼頃である。
このとき、ライムは言葉では言い表すことができないような不安に襲われていた。
それは、死が近づくことへの単純な恐怖ではない。そして、準備が間に合わないなどの類のものでもない。
実際、準備はもうほとんど終わっている。
魔法も連発はできないながらも使えるようになった。
剣術も戦闘に差し支えないくらいには腕は上げた。
道具も今できる最高のものを揃えている。
怪我などもなく、体調は万全である。
にもかかわらず、ライムの心に影を落としていること。それは、
カレル、タッカ、ウェイン、そしてエルジラまでも姿を見ていないことだ。
カレルたちはまだ分からないでもないが、いつもは自宅警備員を地でいくエルジラさえも第7支部から外出していた。しかも、端末に連絡を入れてみても、全く応答がない。
その代わりに、他の支部のメンバーは一人も任務などでの外出はなかった。話を聞いてみても、「君たちはしばらく支部にいたまえ。これは命令だ」と言っていたとしかわからなかった。
今日の夜に作戦会議だと言っていたから、夜にはみんな来るはずだと、頭では分かっているのだが、どうしても本能的に不安を覚えてしまう。
今のライムには、この不安を解消する方法は一つしか思い浮かばなかった。
―場所は、分かる。
「……なぁティア。さっきのライムの様子、変じゃなかったか?」
「そうね~。なんだか思いつめてるような感じだったわね~」
兄妹は、受付で先ほど訪れ、「ちょっと散歩してくる」という理由で支部から出て行ったライムのことを考えていた。
不自然なところがあった。
なぜ、ちょっと散歩してくるだけなのに、あんなに重装備だったのか。二人が聞こうとしたときには、もうライムの姿はなかった。
「いくらなんでも、憂さ晴らしに近くのモンスターを惨殺してくる、とかじゃねぇよな…」
「ライムに限ってそれはないよ~。私は明確な目的があるように感じたけどね~」
「たぶん、そろそろ着くはず…」
支部を出てから1時間ほど、直感に従って(時速30kmで)走っていくと、なんだか見覚えのあるような場所に出た。そこは木々もまばらな林の中で、無駄に豪華な装飾の付いた楕円形のゲートがあった。そのゲートの入口は糸で縫われたように塞がれていたが、中心あたりの2,3本くらいが他と比べてやたらと新しかった。そして、そのほかにも気になることがあった。
「ここらへんに散らばってる機械の残骸みたいなの…。私が初めて戦ったロボットみたい……」
辺りには、非常に鋭利な刃物で両断された物や、腹に大穴が空いているもの、切り口が侵食されたようにボロボロになっているものなど、多々あったが、共通していることが一つ。
「これやったの確実にカレルさんだ…」
たぶん私が気絶した後にも戦ってくれたんだろう。流石はカレルさん。
――大丈夫。私だってできる。戦える!
そうやって、自分を鼓舞し、ゲートを縫い付けている糸を切った。