「う~~ん、いいお湯だったぁ♪」
脱衣所にあったターミナルから呼び出した寝間着に着替え、脱衣所を出たライムは、ちょうど同じタイミングで出てきたカレル(こちらはジャージである。本人いわく、少し薄い生地でできているらしい)と合流した。
「ま、今日はそんなにすることもないし、夕食の時間までぶらぶらしたら?」
「カレルさんはどうするんですか?」
「俺は今から図書館で調べものかな?」
そう言われて、ライムは図書室にはまだ入っていないことを思い出した。
「それなら、私も何かお手伝いしますよ。ついでに図書室も見ておきたいし」
「そか、じゃ行こっか。図書室はここからすぐのところだよ」
浴場から出て左側に少し行ったところにその図書室はある。
「うわぁ、広―い!」
そのドアを開けて、ライムはその広さに驚き、
「ん、あれ……?」
すぐに視界に飛び込んできた、「ゲーム攻略本」という欄を見て違和感を覚え、
「…………」
それが図書室の7割を占領していることに気が付き言葉を失った。
「ん、どうしたライム?」
「あの、なんでほとんどがゲームの攻略本なんですか……?」
なんというか、守護者の図書室っていうから、もっと、こう、知的なものかと……、とライムは続けた。
「ああ、確かに初めて見たら驚くか……。じゃ、理由とかいろいろ説明するから、とりあえず座ろう」
苦笑いしながらカレルはライムをテーブルに案内し、話し始めた。
「まず、概念として、この世界の狭間は、『世界』をシャボン玉のようなものとして考えると、『世界の狭間』は空気のような関係だと考えてね」
ライムが頷くのを確認して、カレルは図を描きながら続きを語る。
「んで、『世界』自体は無数にある。…それこそ「存在しない世界は存在しない」ってくらいに」
「じゃあ、一つの世界の中で、目まぐるしく状況が変わっていったり……ってこともあるんですか?」
「いや、世界は確かに無限のバリエーションがあるけど、その一瞬一瞬にその世界の住人がとった行動や選択、思考……とかに依存して変わっていくから、同じ時間軸で同じ世界の中には一つの世界しか存在しないんだ」
過去を変えたりしたら、そこから先の世界も変わっていく、とカレルは続けた。
「ここまでいい?」
「はい、大丈夫です」
「で、ここからが重要。さっき、世界は無数にある、って言ったよね?」
「はい」
「でも、たった一つだけ、特殊な世界があるんだ。便宜上、それを『現実(リアル)世界(ワールド)』って呼ぶよ」
「……それってどんな世界なんですか?」
少し考えてから、カレルは口を開いた。
「……俺らが守護者になる前に生きてた世界」
「……えっ?」
戸惑うライムを無視してカレルは続ける。
「んで、『現実世界』が特殊なのは、『思考、もしくは閃きという形で、他の世界を見ることができる』こと。逆に言えば、『ほかの世界を映すことなく思考や、閃きをすることはできない』ってことなんだよ」
「あの、よくわからないんですが……」
いきなりは確かに無理か、とカレルは肩をすくめた。
「う~ん、たとえば……ある人が『現実世界』では初めての発明をしたとしたら、それは他の『世界』の中にあって、それを形にしたもの……とか」
「……ちょっとは分かりました」
「つまり、『現実世界』で作られたゲーム、アニメ、小説……とかすべては、全く同じではないかもしれないけど、この空間のどこかには確実に存在する、ってこと。実際、『現実世界』にある人気ゲームの敵とかはフツーに出てきたし」
話を聞くうちに、ライムはだんだん怖くなってきた。こんなのが実際にいたら怖いな~、とか思っていたものが実際にいるというのは存外に恐ろしい。
「だからここの本棚はそう(攻)いう(略)の(本)ばっかりなんですね」
「そういうこと」
カレルは軽く微笑みながら頷いた。
「で、なんで俺らが守護者をやる必要があるかというと、理由はいくつかある」
一つ目、とカレルは人差し指を立て、
「世界の狭間ではいろんなのがポンポン出てくるんだけど、その中で、世界の境界や理をかき乱すようなのを討伐すること。これには集落とかに対して害をなすやつも含むよ。放っておくと世界の境界が破られて、『世界』が世界の狭間に取り込まれる形で消滅する。ちょうどシャボン玉の中の空気が周りに混ざる感じかな」
二つ目、とカレルは中指を立て、
「『現実世界』をはじめとする世界の中に入り込んだやつを、討伐あるいは排除するため。理由は分かるよね?」
「犠牲者をださないためですね?」
「そゆこと」
そして、三つ目、とカレルは薬指を立て、
「『世界』を自由に出入りする力を持ち、なおかつ他のものにその力を与えることができ、『現実世界』を壊そうとしている奴を討伐するため。これが、当面の目標かな」
その話を聞いて、ライムは思い当たる節があった。
「その人かどうかは分かりませんけど、意識が消える前に赤いローブをちらっと見た気がします」
「そか……」
「そういえばカレルさんは、どうして守護者になったんですか?」
言った瞬間ライムは後悔したが、カレルは特に気にした様子もなく、
「あ~、確か通っていた学校が突然大爆発を起こして、それで同学年の奴が、つまり今のほとんどの守護者と同じタイミングで守護者になった。…と思われる」
「……?」
―――どうして自分のことなのに、思われる、なんだろう?
ライムの表情から察してか、カレルは説明の補足を始めた。
「前にも言ったと思うけど、俺ら守護者はほとんど生前の記憶がない。根拠は魂に刻み込まれた『死』の傷跡と、状況とかからの推察だよ。ま、そんなことができるのはアリスくらい……まてよ、それなら――!」
何かを思いついたらしいカレルは、ライムに詰め寄った。
「ライム、お前の傷跡を調べれば、そいつの情報がわかるかもしれない!」
「か、カレルさん、落ち着いてください。ここは一応図書室なんですから」
「そう、そしてここの隣は私の部屋だ」
そして、図書室の片隅にあるドアからエルジラが現れ、ライムのあいさつに返事をしながら、二人のところに近寄ってきた。
「話は大体聞かせてもらった。近いうちにアリスに傷跡を調べてもらうよう手配しておくよ」
「あ、あの……」
突然の流れに戸惑うライムを突き放すようにエルジラは続ける
「ああ、これは決定事項だ。残念ながら、君に拒否権はない。このことに関しては私たちも全力を出す必要があるのでね」
「わ、分かりました……」
押し切られたように頷くライムに微笑んで、出てきた扉の方へ戻っていきながらエルジラは告げた。
「それと、明日の朝8時からは今週の方向性についての会議があるから、遅れないようしてくれたまえ」
「「了解です」」
二人はそろって返事をしてエルジラと別れた。
それから軽く夕食の時間まで調べものをして、夕食後、二人はそれぞれの部屋へと戻っていった。
だが、それぞれの部屋からは、夜遅くまで物音が聞こえていた。