「カレル、ライム! 大丈夫ですか!?」
水ブレスを放った直後の魚龍に止めを刺したウェインは、二人の元へ向かっていた。
そこにあったのは、地面に赤い血が染み込み、原始龍がライムを押し倒している地獄絵図だった。
しかし、ウェインは気付く。
(この血はライムの血じゃない!)
守護者の血は、空気に触れた瞬間に固まり、傷口をふさぐ。たとえ頭蓋をかみ砕いたとしても、地面に付くときにはすでに血液は固まっているので、染み込むことはありえないのだ。つまり――
「ウ、ウェインさん~~…。この龍をどかしてください~~…」
「…分かりましたわ」
――死んでいるのは原始龍だ。
理由はまだ分からないが、何らかの方法で原始龍を葬ったのだ。
水を使って原始龍の下からライムを助けたウェインは尋ねた。
「それにしても、どうやってあの状態を切り抜けたのですか?」
「えっと、それはですね。私はただ、無意識に『アウレリア』を呼び出しただけです」
「えっ? それでどうして…?」
疑問符を浮かべるウェインに、ライムは続ける。
「ですから、ネックレスから呼び出す刀は刃から先に出るようになっていて、それが、原始龍の口の中を貫いたんです」
なるほど、とウェインは思った。
あの状況でライムができることといえばそれだけだろう。それを無意識に行ったライムの将来が楽しみだ。
「そ・れ・で……? カレルは何を油断していたのでしょうか……?」
「うぉっ!? ウェインの背中からヤバイオーラが!? いや、俺だって水ブレスの直撃食らったんだよ!?」
「問答無用です。支部に戻ったらみっちり説教ですわ」
「戻ってからも続くのか!?」
ギャーギャー騒ぐ二人を、ライムは微笑ましげに見つめていた。
しかし、ウェインは本気で怒っているわけではない。
なぜなら原始龍の眼窩には、致命傷であろう銃創があったからだ。
その後三人は、ハンタ村への事後報告を済ませ、第7支部に戻ってきた。
そして、カレルは、ライムのおなかの傷を見るなり殴りかかってきたティオを左手一本で鎮圧(ボコボコに)し、ティアへの報告を済ませた。ライムは即刻医務室に連行され、アリスに説教されながら治療を受けている。そして、ウェインは―――
「ってか、お前は医務室行かなくていいのか? 一応今回の任務って、お前がボコボコにやられたから援護に…ってやつだったと思うけど」
「…カレル。いくらなんでもストレートすぎますわ…。私はライムさんの治療が終わるのを待ってるだけです。それより、なぜあなたは、暢気にそばなど食べているのですか」
ウェインは、カレルと一緒に食堂にいた。
カレルの前にあるのは山のようなそばと、大鍋に入った麺つゆである。
「いや~、体動かすとおなか減るよね」
「そうですけれど…。それに、なんであなたは右利きなのに左手で箸を持っていますの…?」
呆れたようにウェインは尋ねるが、カレルは飄々としてさらりと返す。
「俺は左手も結構使えるの。少なくとも箸を持てるくらいにはね。ってか、お前もなんか食ったら? あれだけのダメージだったんだから、何かおなかに入れておいた方がいいぞ」
「…そうですわね。私もそばにしますわ。……それだけあるのですから、少しいただけませんか?」
「いいけど、箸は自分で準備してよ? あと取り皿もできれば」
「(サッ)これでよろしいかしら」
「うぉ! なぜお前のドレスは皿とお箸が常備されているんだ!?」
「レディーの常識ですわ」
「…突っ込むのがメンドイね。まあいいや、どんくらい欲しい?」
ため息をつきながら、カレルはそばを盛った皿を差し出す。
「そうですわね……これくらいかしら(どさ)」
「ちょっと待て! レディーの常識云々言ってたくせに4分の3も持っていくのか!? 皿がそばの重みでヒビ入ってるぞ!?」
「ええ、私ボロボロでしたので。これくらい食べないといけないのですわ。食べ終わる頃にはライムさんの治療も終わっているでしょう」
「いや、せめて半分にしてくれ! 絶対量が足りなくなる!」
言った瞬間、カレルの顔が曇る。
「……やっぱり、ですわね」
「…何が?」
とぼけるカレルだが、ウェイン相手に隠し通せるとは思っていない。
「この量の半分……相当の大怪我ですわね。なぜ先に医務室に行かないのです? 確かに食料の補給は必要ですけれど、痛みを和らげてからでもいいでしょうに……」
「……今、医務室にはライムがいるだろ? この怪我は見せたくないんだよ」
問いかけに、カレルは答えた。いつもと全く変わらない声と表情で。
「ですけれど、意地を張らなくてもいいじゃありませんか! なんで、右腕が動かせないくらい痛むのに、顔色一つ変えないんですか…!?」
「何でって…担当者(センセイ)としての意地だよ。こう見えてもプライドはあるんだ」
その言葉を最後に、カレルはそばを食べ始めた。
自分の空白を埋めるように、一心不乱に。