「カレルさん、ウェインさんがどこにいるか分かりますか!?」
村から出て、ダッシュしながらライムは聞く。
「まだ分からない! あいつの隠れ場所の傾向は知ってるけど、地形を見ないと何とも言えない!」
「じゃあ、蜂を殲滅しながら、ってことですか」
「そう! 今回の魚龍は雑魚だと思うけど、ウェインと合流するのが先だね」
その言葉に、ライムは少し違和感を覚えた。
「え、じゃあ、何でウェインさんはボロボロに? 相当相性が悪かったんですかね?」
「あのな、相性が悪いだけで負ける奴に、第7支部の討伐隊隊長は務まらない。ウェインにも別の攻撃手段(サブウェポン)はあるしね」
村から走ること数十分、カレルたちは2㎞地点、つまり戦闘区域へと足を踏み入れた。
まず目についたのは、大量の点にも見える蜂の大群。
目にした瞬間、ライムは思う。
――多すぎる!
別に、2、3体くらいならライムでも問題なく狩れるが、20、30ともなると話が違ってくる。
いくらなんでも全方位から絶え間なく刺されたら、あっという間にダメージと大量の毒でアウトだ。
だが、カレルは、
「思ったより多いけど、何とかなるかな」
端末から魔法陣の情報を吸い出し、
「魔法陣構築、構造式は『氷弾之雨』――」
神機を呼び出し、自らの両横に突き刺し、
「魔法陣展開、対象は2つの神機と――」
両手を前に突き出し、
「――この両手」
カレルの両手と、神機に魔法陣が描かれていき、
「魔力注入。――発動」
それらから、凄まじい量の氷弾がばら撒かれた。
放たれた氷弾は向こうに見える大量の点へと、「面」で向かっていき、「点」をぶち抜いていく。そして、カレルは数秒氷弾を撃ったあと、地面に突き刺さる神機を引き抜き、走り出す。
「カレルさん、今のは……?」
「『氷弾之雨』を両手と神機から撃っただけ。――でも、対象が4つもあるとしんどいね。詠唱メンドイし、制御が難しい」
ばらばらになった甲殻虫を踏み越えて、二人は周囲を探索する。
「たぶん、ウェインは入口の狭い洞窟とか、不意打ちにあわない場所にいるはずだけど……」
カレルが言うような洞窟は、意外と見つからない。
その間にも、蜂は襲ってくるので、迎撃しながら場所を変えていく。
そうしていると、ライムはふと大きな洞窟の入り口を見つけた。
「カレルさん! あれはどうですか!?」
「でかいな……、でも可能性はあるね…行ってみるか」
そうして、二人は洞窟に入った。
と同時に落下した。
「うぉおお! ライムぅ! なんで床がないことに気が付かないんだよー!?」
「それはカレルさんも同じでしょー!」
ヒュォォオ、と風を切って落ちていく二人は、
あろうことか、蜂の巣窟に放り込まれた。
ブンブンなってる羽音が鼓膜を貫く。
「「………」」
二人は顔を見合わせ、剣を構えて背中を合わせる。
「ライム…! …説教は後だ、とりあえず気をつけて」
「…はい」
雲のように群がるでかい蜂は、大体200体くらいだろうか。
そして、カレルの目の前に迫った蜂が、尻の大針を突き刺してくる。
体に当たれば穴が開きそうなそれに対して、カレルのした行動は、足踏み一つ。
そして、針がカレルを貫く、
寸前、
地面から盛り上がってきた氷の壁が、その針を受け止めた。
固い壁に阻まれた針は砕け散り、そいつを右手の崩氷剣で一閃する。
「…『追上氷壁』(アッパーウォール)。靴底に刻んだ魔法陣を使って、氷の壁を作り出す魔法。これの便利なところは――」
「……っく!」
カレルの背中でライムが唇をかむ。頭上の敵に気を取られて、前、右、左から針が迫る――!
「――多少離れてても使えるとこと、」
ダン! とカレルが足踏みをすると、
ガィン! と、先ほどと同じようにライムと針の間に壁が立ちふさがり、蜂の針を砕く。
さらにもう一度、ダン! と、地面を踏みつけ、
「――凡庸性がいいとこだね」
自分の足元からせり上がる氷壁に合わせ、宙高く飛び上がる。
当然、ここは蜂の巣窟だ。
空に上がれば、蜂たちは好機とみて一斉に詰めかけてくる。
それを、
「―よっ、と!」
軽い掛け声とともに一回転。
時計の針が回るように繰り出された斬撃、しかも、角度をずらしたそれは、空を蹂躙するように、2つの線の空白を描いていく。
しかし、まだ終わらない。
「―ハッ!」
足元にいた蜂を踏み台に、自転の軸をずらしてもう一回転。
カレルの周囲だけ、蜂渦巻く大嵐の中に空白が生じる。
まるで、台風の目のように。
カレルは、この瞬間を作るために無茶な空中戦を仕掛けたのだ。
回転しながら、左手は崩氷剣を戻しながら突き出す。
「『氷弾之雨』(ブリザドシャワー)!」
一瞬。
先ほどのように、儀式のような語りもなく、
本当に一瞬で魔法陣は描かれ、
大量の氷弾を撃ちだした。
回転しながら、全方位に。
「うわぁ…!」
ライムが感嘆の声を漏らす。
カレルが最初からこれをしなかったのは、回転している途中に背中を刺されないため。そして、今のカレルの周りには蜂の大群という台風の中の目のように空白ができていた。それはカレルが回転を重ねるごとに台風を侵食していき――、最後には空白が台風を完全に呑み込んだ。
「ふぅ。とりあえず一安心だね」
「……カレルさん。私、何もしてない…」
正直、ライムは蜂の針に刺されそうになっていただけである。
「あ~、気にすることないよ。今回は戦場の雰囲気を肌で感じさせるのが目的だし。それに何かあったら大変だしね」
「そうですか……。でも、何かできることがあったら遠慮なく言ってください」
「はいはい。じゃ、ウェインを探しに行きますか」
と、カレルが歩き出そうとした時、ライムは、ふと洞窟の片隅の空間に目が行った。
何の変哲もないように見えるように偽装された人一人分の空間を。
「カレルさん! ちょっと来てください!」
「ん? 何かあった?」
ライムはカレルの袖を握って歩き出す。
「これ、なんか変じゃないですか?」
「……確かに」
カレルはその空間に氷弾を一つ放つと、それは渦潮によって遮られた。
「ビンゴ、だね」
カレルはその空間に近づき、
「ウェイン、こちらカレル。援軍に来たよ」
声をかけた。
すると、その空間にかかっていた魔法が解けたので、二人は中へと足を踏み入れた。
そこには――
「……案の定、っていうか予想以上にボロボロだな、ウェイン」
「……言わないで…ください」
――体中に走る毒素に苦しみ、服のあちこちに大きな針で刺された穴のある少女が横になっていた。
「とりあえず、治療が優先だね。まず、毒消しを」
カレルは毒消しを三錠ほど取出し、ウェインの口に運んだ。
ウェインはそれを飲み込んだのを確認して、カレルは端末から食料を入れた袋を取り出す。
「ま、しばらくしたら傷の治療もするから、コレでも食べて待ってて」
だが、ウェインはそれを受け取っても手を付けようとしない。
「……」
「……食わないの?」
「……カレル…。…少しだけ外の様子を見てきてくださいます?」
「え? …いいけど」
カレルは踵を返して、先ほど蜂と戦った場所を見渡す。念のため、落ちてきた穴の方も『追上氷壁』を使って確認したが、特に脅威はなさそうだった。
そうしてウェインの場所へ戻ると、口をパクパク開閉しているライムと、
――空になった袋で口を拭いているウェインの姿があった。
カレルは思う。
――ちょっと待て。俺が外にいたのは20秒くらいだったハズ。それなのに3人前はある食料を完食してるってことは、それこそ漫画の大食いのヒーローもびっくりの速さと上品さで食事を済ませたということか? いやいやいくらなんでも俺の知ってるウェインはそんなキャラじゃないし――
カレルが悶々と考えている横で、ライムは改めて目の前の女性を見つめる。
髪型は肩まで伸ばしたまっすぐな群青色の髪で、頭には小さな花飾りが一つついている。顔はやや細くて整った目に水色の瞳で、全体的には日傘をさしてるお嬢様というイメージがぴったりだろう。服も膝上まで長さのあるシンプルな水色のワンピースで、とても戦場に着ていく服装ではないように見える。
「あ、あの……あなたはホントにウェインさんなんですか?」
「…それは、結構失礼な質問かもしれませんね…」
毒消しが効いてくるまではまだ時間がかかるようで、辛そうな顔をしていたが、ライムに向けて少しとがった視線を返してきた。
「…それで、あなたは…?」
「あ、すみません。自己紹介がまだでしたね。私はライム・K・アウレリア。最近守護者になって、今はカレルさんにくっついて研修中です」
「…そう…。…私(わたくし)はウェイン・M・アクアライン…。…属性は『水神』で第7支部の討伐隊隊長を務めております…。…それで、あなたの属性は…?」
「…実は、分からないんです。カレルさん曰く、コアを撃ち抜かれた影響らしいんですが…今は刀一本で戦っている状態です」
ライムが告げると、ウェインは少し驚いたような顔をしたのち、わずかな失望の色を浮かべ、「…そうですか」とつぶやいた。
この時点では、ライムはどうしても目の前のお嬢様を、討伐隊隊長などと信じることができなかった。……流石に、初対面がこんなボロボロの姿なのだから仕方ないといえばそれまでなのだが。
「おい、ウェイン。治癒の魔法陣を書き終わったから、こっちに来て」
「…ありがとう…」
ウェインが体を引きずって歩く先には、半径一メートルほどの魔法陣が描かれていた。陣は十字の角度をずらしたりしながら組み合わせ、炎のようなイメージを作っていた。
「あれ、カレルさん。地面に直接魔法陣を書いたりもするんですか?」
「ああ。この魔方陣を考案したのはアリスだから、俺は直接書かないとまともに機能してくれないんだよ。うまくイメージがつかめないからだと思うんだけどね。しかも、俺が持ってる魔力の種類だと、動かすことすらもできないから、アリスからもらった『魔晶宝石(マジックジェム)』を使って……っと!」
ウェインが魔法陣に乗ったのを確認すると、カレルが緑色のこぶし大の石を魔法陣に置き、魔法陣を起動させた。
陣は淡い緑色で炎のように揺らぐ光を放ち、陣の中心に横たわるウェインの体を包み込む。2分ほど時間がたつと光は消え、体や服の傷も治り、元気そうなウェインがいた。
「ふう、助かりましたわ。カレル、ありがとうございますわ」
「どういたしまして。んで、状況の説明頼める?」
「分かりました」
カレルたちが会話を交わす中でライムは思う。
――ウェインさん、雰囲気変わったなあ……。
先ほどまでとは大違いだ。
「――んで、ライム。ここで頼みたいんだけど――」
「――えっ!? …すみません、ちょっとボーっとしちゃって」
「ふふ、しっかりなさいね?」
「…はい、すみません」
「じゃ、最初から説明するよ。今の討伐対象は蜂約200匹、魚龍1匹、後は原始龍。まあ、ティガはいるかは分からないけど、いたら狩っておくよ。後は、ウェインが撃ち漏らした女王蜂が3匹くらいだよ」
「申し訳ありませんの…」
「ま、気にしないで。問題ないから」
「それで、作戦とかは決まってるんですか?」
「ああ。今のところ、魚龍と蜂、女王蜂も同じ場所にいるらしいから、まずは嵐のような蜂を何とかしないといけない」
「そこで、私が広域攻撃を担当しますので、ライムさんには背中の死角を守っていただきたいと思うのです」
「分かりました。それでカレルさんはどうするんですか?」
「俺は女王蜂を潰すことを最優先にするよ。放っておいたら酸かけてきたり鬱陶しいからね」
「そして、蜂を倒した後魚龍を狩って終わりですわ」
「原始龍を警戒しながら……ですね」
そうそう、と二人は同時に頷いた。
「じゃ、行きますか!」
カレルの声で、二人は行動を開始した。